5/2 日経新聞のアントラーズ記事

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フットボールの熱源 -地元の夢であり続けること-

 鹿島アントラーズが本拠を置く茨城県鹿嶋市周辺といえば、「サッカーの町」として全国に知られている。だがいま、その看板を揺るがすような異変が起きている。鹿島は毎年末、中学入手予定者を対象にジュニアユースのセレクションを行っている。15-20人の合格枠に対し100人ほどが受験する。当然、アントラーズにあこがれるホームタウンの子供が4割から5割を占めるのが通例だったが、徐々にその数が減り、昨年末は10人ほどしか地元の子が集まらなかった。

 サッカー少年団の選手数も減り、子供のサッカー熱が冷めてきているらしい。鹿島の野見山篤・育成部強化担当部長はこの事態を憂慮する。「アントラーズが子供のあこがれでなくなってしまったら地元の活性化に役立てず、クラブの存在意義が危うくなる。自分たちが地元の夢であるという意識が薄れ、そうあり続けるための努力を怠っていたのかもしれない」

 逆風はスタジアム内にも吹いている。昨年の1試合平均入場者は前年から約3200人も落ち込み、約1万5400人にとどまった。昨年度の経常損益は一億四千四百万円の赤字となった。鹿島には町のシンボルとしての意地がある。さっそく手を打った。年内に選手がホームタウンにある73のすべての小学校を訪問すると宣言。練習の合間を縫い、ベテランと若手が2人1組で訪れ、体育に限定せず学校が望む授業で生徒と触れ合っている。また、ユース(高校生)の選手をサッカー少年団の練習に派遣し、技術のお手本を示す試みも始めた。
 鹿島が直面した問題は示唆に富む。地域に一度根を張ったからといって、そのまま順調に幹が育つとは限らない。丁寧に手を加え続けることを怠ると成長はストップし、そのうち根は朽ちてしまう。(日経新聞)

 たまに日経新聞にアントラーズの記事が載る、これが毎回奥が深い、今回の記事も的を得た話題である。もはや過去の栄光にすがっては生きていけない、新たな歴史を作りださねばならない。また土曜日のスーパーサッカーで過去の助っ人の特集があった、ジーコ、アルシンド、サントス、レオナルド、ジョルジーニョ、ビスマルク、アントラーズはこれら助っ人とともに日本人プレーヤーも成長してきた。今はため息がでる・・・

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